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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)205号 判決 1999年3月16日

東京都港区芝五丁目33番8号

原告

三菱自動車工業株式会社

代表者代表取締役

河添克彦

訴訟代理人弁理士

長門侃二

同復代理人弁理士

宮川宏一

東京都千代田区霞が関目三丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

浅野長彦

黒瀬雅一

井上雅夫

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  原告が求める裁判

「特許庁が平成9年異議第73501号件について平成10年5月6日にした決定を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

第2  原告の主張

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和61年3月20日に考案の名称を「モータ駆動方式パワーステアリング装置」とする考案(以下「本件考案」という。)について実用新案登録出願(昭和61年実用新案登録願第39825号)をし、平成8年11月7日に実用新案権の設定登録(実用新案登録第2524450号)を受けた。

しかるに、本件考案の実用新案登録に対して、平成9年7月25日に実用新案登録異議の申立てがされ、特許庁は、これを平成9年異議第73501号事件として審理した結果、平成10年5月6日に「実用新案登録第2524450号の実用新案登録を取り消す。」との決定をし、同年6月3日にその謄本を原告に送達した。

なお、原告は、上記異議事件において、平成9年12月24日に明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求したが、上記決定において、本件訂正は認められない旨の判断がされている。

2  本件考案の実用新案登録請求の範囲(別紙図面参照)

(1)本件訂正前(以下「訂正前考案」という。)

ステアリング系の操舵トルクを検出するセンサを設け、同センサが検出した操舵トルクに応じてステアリング系を駆動するモータの駆動電流を制御して操舵力を増力するモータ駆動方式パワーステアリング装置において、

前記センサを、互いに実質的に同じ特性を有し、且つ、それぞれステアリング系の同一箇所の操舵トルクを検出すべく共通の支持部材を介して相互に一体的に取り付けられた複数のセンサにより構成し、

これらのセンサが検出する操舵トルク値の偏差が所定値以上になったとき、前記モータによる操舵力の増力を禁止する禁止手段を備えた

ことを特徴とするモータ駆動方式パワーステアリング装置。

(2)本件訂正後(以下「訂正後考案」という。)

ステアリング系の操舵トルクを検出するトルクセンサを設け、同トルクセンサが検出した操舵トルクに応じてステアリング系を駆動するモータの駆動電流を制御して操舵力を増力するモータ駆動方式パワーステアリング装置において、

車両の速度を検出する車速センサを備え、

前記トルクセンサを、互いに実質的に同じ特性を有し、且つ、それぞれステアリング系の同一箇所の操舵トルクを検出すべく共通の支持部材を介して相互に一体的に取り付けられた複数のトルクセンサにより構成し、これらのトルクセンサが検出する操舵トルク値の偏差が所定値以上になったとき、及び前記偏差が所定値以下であっても、前記車速センサが検出する車速が所定車速以上であるとき、前記モータによる操舵力の増力を禁止する禁止手段を備えたことを特徴とするモータ駆動方式パワーステアリング装置。

3  決定の理由

別紙決定書の理由写しのとおり

4  決定の取消事由

訂正前考案が先願明細書記載の発明と同一であること、本件訂正の要点が、「車両の速度を検出する車速センサを備え、複数のトルクセンサが検出する操舵トルク値の偏差が所定値以下であっても、前記車速センサが検出する車速が所定車速以上であるときモータによる操舵力の増力を禁止する禁止手段」(以下「付加事項」という。)を付加する点にあることは認める。

しかしながら、本件訂正は認められるべきであるにもかかわらず、決定は、誤ってこれを退けた結果、本件考案の技術内容を誤認し、本件考案の新規性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)訂正前考案には減縮の基礎になる構成要件が存在しない旨の判断について

決定は、本件訂正は実用新案登録請求の範囲の減縮を目的とするものとされているが、訂正前考案には本件訂正による減縮の基礎になる構成要件が存在しない旨説示している。

訂正前考案のクレームに、付加事項の「車両の速度を検出する車速センサを備え、(中略)前記車速センサが検出する車速が所定車速以上であるとき」の基礎になる要件が明記されていないことは認める。

しかしながら、訂正前考案の目的が、パワーステアリング装置のトルクセンサの故障に対応するフェールセーフ機構を創案することにあるのは、本件訂正前の明細書の記載から明らかである。したがって、訂正前考案の「これらのセンサが検出する操舵トルク値の偏差が所定値以上になったとき」という記載は、訂正前考案が「トルクセンサの故障を検知する手段」を不可欠の要件としていることを明らかにしているというべきであり、これが、決定にいう「減縮の基礎になる構成要件」に相当する。そして、訂正前考案は、「トルクセンサの故障を検知する手段」として、操舵トルク値の偏差を指標とする構成のみを採用しているが、トルクセンサの故障は、操舵トルク値の偏差以外の指標によっても検知しうることは当然である(のみならず、トルクセンサが故障しても、操舵トルク値の偏差が所定値以上にならないこともありうる。)。そこで、車速が所定車速以上になったときも、トルクセンサが故障している蓋然性があるものとみなし、「トルクセンサの故障を検知する手段」として、操舵トルク値の偏差を指標とする構成に加えて、車速の値を指標とする構成をも採用するようにしたのが、本件訂正にほかならない。したがって、本件訂正は、実用新案登録請求の範囲の減縮に該当するというべきである。

なお、仮に訂正前考案に本件訂正による減縮の基礎になる構成要件が存在しないとしても、訂正後考案の構成が、訂正前考案の具体的な目的を達成する範囲内のものであるならば、本件訂正は実用新案登録請求の範囲の減縮に該当すると解するのが相当である(東京高等裁判所昭和60年(行ケ)第151号事件の判決は、「C構成を付加する本件補正は、本件補正前の特許請求の範囲に記載された発明の構成に欠くことのできない事項からみて、本件補正前の発明の目的の範囲内における技術的事項の減縮的変更に該当するものというべきである。」旨説示している。)。そして、訂正前考案の具体的な目的が、パワーステアリング装置のトルクセンサの故障に対応するフェールセーフ機構の創案にあることは前記のとおりであるが、訂正後考案の構成が、訂正前考案のこの具体的な目的を達成する範囲内のものであることはいうまでもないところである。

(2)本件訂正は実用新案登録請求の範囲を実質上変更するものである旨の判断について

決定は、訂正後考案は訂正前考案が奏しえない効果(高速走行時の走行安定性の確保)を奏するから、本件訂正は実用新案登録請求の範囲を実質上変更するものであると説示している。

しかしながら、本件訂正前の明細書には、「高速走行等での安定走行を確保するためにはパワーステアリング装置にトルクセンサの故障時のフェールセーフ機能をそなえることが要請される。」(公報3欄5行ないし8行)と記載され、訂正前考案の目的が、高速走行時におけるトルクセンサの故障に対応するフェールセーフ機構の創案にあることが明らかにされている。これに対して、路面から大きな反力を受ける低速走行時には、たとえトルクセンサが故障しても、公報3欄3行ないし5行に記載されているように、走行にさしたる支障は生じない。すなわち、低速走行時におけるトルクセンサの故障に対応するフェールセーフ機構の創案は、もともと、当業者が解決すべき技術的課題とはなりえないのである。

このように、高速走行時におけるトルクセンサの故障に対応するフェールセーフ機構(すなわち、決定にいう「高速走行時の走行安定性の確保」)は、訂正前考案が企図していた効果にほかならないから、訂正後考案は訂正前考案が奏しえない効果を奏することを理由として、本件訂正は実用新案登録請求の範囲を実質上変更するものであるとした決定の判断も、誤りである。

第3  被告の主張

原告の主張1ないし3は認めるが、4(決定の取消事由)は争う。決定の認定判断は正当であって、これを取り消ずべき理由はない。

1  訂正前考案には減縮の基礎になる構成要件が存在しない旨の判断について

原告は、訂正前考案の「これらのセンサが検出する操舵トルク値の偏差が所定値以上になったとき」という記載は、訂正前考案が、「トルクセンサの故障を検知する手段」を不可欠の要件としていることを明らかにしているというべきであり、これが決定にいう「減縮の基礎になる構成要件」に相当する旨主張する。

しかしながら、本件訂正前の明細書(公報の7欄1行ないし5行、42行ないし48行)には、禁止手段を作動させる要件として、

a  複数のトルクセンサが検出する操舵トルク値の偏差が、所定値以上になったとき

b  車速センサが検出する車速が、所定車速以上になったとき

が、同列のものとして記載されている。したがって、訂正前考案の要件であるaを、付加事項であるbの上位概念とみる余地がないことは当然であるし、aの記載から「トルクセンサの故障を検知する手段」という上位概念を導き出すことも失当である。

また、原告は、仮に訂正前考案に本件訂正による減縮の基礎になる構成要件が存在しないとしても、訂正後考案の構成が、訂正前考案の具体的な目的を達成する範囲内のものであるならば、本件訂正は実用新案登録請求の範囲の減縮に該当すると解するのが相当である旨主張する。

しかしながら、およそ訂正前考案の具体的な目的を達成する範囲内のものであるならば、いかなる構成を付加する訂正も許されるとすると、訂正前考案の権利範囲を大幅に拡張する場合が生じ、第三者に不利益を与えるおそれがあることは明らかであるから、原告の上記主張は失当である。

2  本件訂正は実用新案登録請求の範囲を実質上変更するものである旨の判断について

原告は、本件訂正前の明細書には、訂正前考案の目的が高速走行時におけるトルクセンサの故障に対応するフェールセーフ機構の創案にあることが明らかにされている旨主張する。

しかしながら、訂正前考案は、車速が高速である場合のみならず、低速である場合においても、操舵トルク値の偏差を指標として、禁止手段を作動させるものである。したがって、高速走行時の走行安定性の確保は、訂正前考案が企図する目的とはいえず、また、訂正前考案に特有の効果ともいえないから、原告の上記主張は失当である。

理由

第1  原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本件考案の実用新案登録請求の範囲)及び3(決定の理由)は、被告も認めるところである。

第2  甲第5号証(実用新案登録公報)によれば、訂正前考案の概要は次のとおりと認められる(別紙図面参照)。

1  技術的課題(目的)

ステアリングシャフト等にトルクセンサを設け、トルクセンサが検出する操舵トルクに応じて、ステアリング系を駆動するモータを制御し操舵力を増力するパワーステアリングは公知であるが(2欄8行ないし13行)、本件考案は、高速走行時等における安定走行を確保するために、トルクセンサが故障した際のフェールセーフ機構の創案を目的とするものである(3欄5行ないし13行)。

2  構成

上記の目的を達成するために、訂正前考案は、その実用新案登録請求の範囲記載の構成を採用したものである(1欄2行ないし15行)。

3  作用効果

訂正前考案によれば、トルクセンサが故障しても、安定走行を確保することが可能である(9欄12行ないし19行)。

第3  そこで、原告主張の決定取消事由の当否について検討する。

1  訂正前考案には減縮の基礎になる構成要件が存在しない旨の判断について

原告は、訂正前考案の「これらのセンサが検出する操舵トルク値の偏差が所定値以上になったとき」という記載は、訂正前考案が「トルクセンサの故障を検知する手段」を不可欠の要件としていることを明らかにしているというべきであり、これが決定にいう「減縮の基礎になる構成要件」に相当する旨主張する。

検討するに、前記第2の事実認定によれば、訂正前考案が、何らかの「トルクセンサの故障を検知する手段」を必要とすることは明らかである。しかしながら、訂正前考案が、「トルクセンサの故障を検知する手段」を、操舵トルク値の偏差を指標とする構成に限定している以上、訂正前考案に「トルクセンサの故障を検知する手段」という上位概念がクレームされていると解する余地はないから、原告の上記主張は失当である。

また、原告は、仮に訂正前考案に本件訂正による減縮の基礎になる構成要件が存在しないとしても、訂正後考案の構成が、訂正前考案の具体的な目的を達成する範囲内のものであるならば、本件訂正は実用新案登録請求の範囲の減縮に該当すると解するのが相当である旨主張する。

しかしながら、原告の上記主張は、実用新案法附則(平成6年法律第116号)9条2項において準用する特許法120条の4第2項、及び同条3項において準用する同法126条2項及び3項の規定に反することが明らかであって、とうてい採用することができないものである(この点について、原告は、当裁判所昭和60年(行ケ)第151号事件の判決の理由説示を援用するが、原告が援用する説示部分は、「C構成は、(中略)A構成について、これを(中略)具体的に規定したものであるから、(中略)、A構成について単に限定を加えたにすぎないものであって」との説示を受けるものであるから、原告の上記主張の論拠となるものでないことは明らかである。)。

したがって、訂正前考案には本件訂正による減縮の基礎になる構成要件が存在しない旨の決定の判断は、正当である。

2  本件訂正は実用新案登録請求の範囲を実質上変更するものである旨の判断について

原告は、本件訂正前の明細書には、訂正前考案の目的が高速走行時におけるトルクセンサの故障に対応するフェールセーフ機構の創案にあることが明らかにされているのに対して、低速走行時におけるトルクセンサの故障に対応するフェールセーフ機構の創案は当業者が解決すべき技術的課題とはなりえない旨主張する。

しかしながら、訂正前考案が、車速が高速であるか低速であるかを全く問うことなく、操舵トルク値の偏差を唯一の指標として、禁止手段を作動させるものであることに疑問の余地はないから、原告の上記主張は失当である。

念のため付言すると、「車速が所定車速以上」になる原因は、いうまでもなくトルクセンサの故障に限られるわけではない(かえって、トルクセンサの故障が直ちに所定車速以上の車速をもたらす原因になるという状況は、想定することが困難とさえいえる。)。したがって、訂正後考案は、訂正前考案が企図していたトルクセンサの故障に対応するフェールセーフの機能に加えて、所定車速以上のときはパワーステアリング装置を作動させないという、新たな機能を果たすものと解するべきである(パワーステアリング装置に後者の機能を持たせるのは、一定速度以上の高速度のときにパワーステアリング装置を作動させるのは不適当であるとの知見に基づくものと考えられるのであって、何らかシステムに故障が生じたことを前提とし、これに対応するフェールセーフの機能とは、発想を異にする技術的思想といわざるをえない。)。

3  以上のとおりであるから、本件訂正は不適法であるとした審決の認定判断に誤りはない。

第4  よって、決定の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成11年3月2日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

2.理由

(1)手続きの経緯

本件実用新案登録第2524450号は、昭和61年3月20日に実用新案登録出願され、平成8年11月7日にその実用新案登録の設定登録がなされ、その後佐藤幸重子より実用新案登録異議の申立てがなされ、その指定期間内である平成9年12月24日に訂正請求がなされたものである。

(2)訂正の適否についての判断

ア.訂正明細書の考案の要旨は、その実用新案登録請求の範囲に記載された次の事項にあるものと認められる。

「ステアリング系の操舵トルクを検出するトルクセンサを設け、同トルクセンサが検出した操舵トルクに応じてステアリング系を駆動するモータの駆動電流を制御して操舵力を増力するモータ駆動方式パワーステアリング装置において、

車両の速度を検出する車速センサを備え、

前記トルクセンサを、互いに実質的に同じ特性を有し、且つ、それぞれステアリング系の同一箇所の操舵トルクを検出すべく共通の支持部材を介して相互に一体的に取り付けられた複数のトルクセンサにより構成し、

これらのトルクセンサが検出する操舵トルク値の偏差が所定値以上になったとき、及び前記偏差が所定値以下であっても、前記車速センサが検出する車速が所定車速以上であるとき、前記モータによる操舵力の増力を禁止する禁止手段を備えたことを特徴とするモータ駆動方式パワーステアリング装置。」

イ.訂正の目的の適否・拡張変更の存否

本件訂正請求は、実用新案登録請求の範囲の減縮を目的として、実用新案登録請求の範囲に、車両の速度を検出する車速センサを備え、複数のトルクセンサが検出するトルクの偏差が所定値以下であっても、前記車速センサが検出する車速が所定以上であるときモータによる操舵力の増力を禁止する禁止手段を付加したものである。

これに対して、補正前の実用新案登録請求の範囲には、車両の速度を検出する車速センサを備え、複数のトルクセンサが検出するトルクの偏差が所定値以下であっても、前記車速センサが検出する車速が所定以上であるときモータによる操舵力の増力を禁止する禁止手段の減縮の基礎になる構成要件は存在せず、しかも、係る訂正によって本件実用新案登録請求の範囲に記載された考案は、高速走行時の走行安定性の確保を可能にするという補正前の実用新案登録請求の範囲に記載された考案が奏しない特有の効果を奏することとなった。

ウ.以上のとおりであるから、本件訂正請求は、「減縮」であっても「実質変更」を構成するから、実用新案法附則(平成6年法律第116号)第9条第2項で準用する特許法第120条の4第3項で準用する特許法第126条第3項の規定に適合しない。

なお、実用新案登録権者は、実用新案登録請求の範囲の訂正が、訂正前明細書の「考案が解決しようとする課題」に合致すれば、減縮の基礎になる構成要件が訂正前の実用新案登録請求の範囲に存在しなくても訂正は認められるべきである、と主張しているが、そもそも登録後の訂正における「考案の課題」とは、訂正前明細書の「考案が解決しようとする課題」ではなく、訂正前の実用新案登録請求の範囲に記載された事項によって構成される考案の具体的な目的であり、本件訂正請求は、この目的の範囲を逸脱してその技術的事項を変更しているから、訂正が認められないのである。(必要があれば、昭和57年(行ケ)第137号判決参照。)

(3)実用新案登録異議申立てについての判断ア.申立ての理由の概要

申立人佐藤幸重子は、概略、本件考案は、その出願の日前の出願であって、その出願後に出願公開された甲第1号証(特願昭61-33420号)の願書に最初に添付した明細書又は図面(特開昭62-191267号公報参照)に記載された発明と同一であり、しかも、本件考案の考案者が上記先願明細書に記載された発明の発明者と同一であるとも、この出願の時において、その出願人が上記他の出願の出願人と同一でもないから、本件考案は実用新案法第3条の2の規定に違反してなされたものである、と主張している。

イ.本件考案の要旨

本件考案の要旨は、訂正前実用新案登録請求の範囲に記載された次の事項にあるものと認められる。

「ステアリング系の操舵トルクを検出するセンサを設け、同センサが検出した操舵トルクに応じてステアリング系を駆動するモータの駆動電流を制御して操舵力を増力するモータ駆動方式パワーステアリング装置において、

前記センサを、互いに実質的に同じ特性を有し、且つ、それぞれステアリング系の同一箇所の操舵トルクを検出すべく共通の支持部材を介して相互に一体的に取り付けられた複数のセンサにより構成し、

これらのセンサが検出する操舵トルク値の偏差が所定値以上になったとき、前記モータによる操舵力の増力を禁止する禁止手段を備えたことを特徴とするモータ駆動方式パワーステアリング装置。」

ウ.甲第1号証刊行物に記載された考案

取消理由通知で引用した刊行物1(異講申立人が引用した甲第1号証である特願昭61-33420号の願書に最初に添付した明細書又は図面、以下、「先願明細書」という。)の第3頁左上欄第5行乃至同欄第16行、同頁右上欄第9行乃至同欄第12行、第4頁右上欄第13行乃至同頁左下欄第14行には次の事項が記載されているものと認められる。

「ステアリング系の操舵トルクを検出するトルク検出器15a、15bを設け、同トルク検出器15a、15bが検出した操舵トルクに応じてステアリング系を駆動するモータ12の駆動電流を制御して操舵力を増力する電動式パワーステアリング装置において、

前記トルク検出器15a、15bを、互いに実質的に同じ特性を有し、且つ、それぞれステアリング系の同一箇所の操舵トルクを検出すべく共通の支持部材を介して相互に一体的に取り付けられた複数のトルク検出器15a、15bにより構成し、

これらのトルク検出器15a、15bが検出する操舵トルク値の偏差が所定値以上になったとき、前記モータ12による操舵力の増力を禁止する禁止手段を備えた電動式パワーステアリング装置。」

エ.対比・判断

本件考案と先願明細書に記載された発明とを対比すると、本件考案の「センサ」は先願明細書に記載された発明の「トルク検出器15a、15b」に相当し、また、本件考案の「モータ駆動方式パワーステアリング装置」と先願明細書に記載された発明の「電動式パワーステアリング装置」とは軌を一にしているので、本件考案と先願明細書に記載された考案とは実質的に同一である。

そして、本件考案の考案者が上記先願明細書に記載された発明の発明者と同一であるとも、この出願の時において、その出願人が上記他の出願の出願人と同一であるとも認められない。

オ.むすび

以上のとおり、本件考案は先願明細書に記載された発明であると認められるから、実用新案法第3条の2の規定に違反してなされたものである。

なお、申立人佐藤幸重子の異議申立の他の理由は、本件考案の実用新案登録が取り消されることになったので審理をしない。

したがって、本件考案に係る実用新案登録は、実用新案法附則(平成6年法律第116号)第9条第2項で準用する特許法第113条第1項第2号の規定により取り消す。

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